NHK大河ドラマ「八重の桜」では、徳川慶喜(徳川幕府第15代将軍にしたので、一橋から徳川に変わりました)が
政権を天皇に返上する大政奉還がなされます。
立場がなくなった幕府方は大政奉還に奔走した坂本龍馬を暗殺し、ますます勢力を持った薩摩側は幕府方の
人間を悪者にしようと画策します。
立ち回りがうまかっただった慶喜ですが、徳川への風当たりが強くなるとともに、会津藩へも刃が向き始め・・・
今回は、将軍となり大政奉還を宣言した徳川慶喜ゆかりの地についてご紹介します(*`・ω・)ゞ
二条城(にじょうじょう)
この頃の歴史を語るなら、はずせない場所ですよね。
慶喜は、二条城で徳川幕府15代将軍に就任して、徳川幕府の建て直しを図ります。
一か八かの大勝負として義信は大政奉還を二条城の二の丸御殿 大広間にて宣言します。
薩摩と岩倉具視は、慶喜と会津藩を攻撃しろ!という偽物の命令書(天皇からの命令)を作って
堂々と会津藩主・松平容保も抹殺しようとしていた時に、慶喜が政権を返す!と言ったことから
暗殺にも近い薩摩の計画は阻止できたんですが、
政治の実権は徳川に返ってくるという賭けは、薩摩と岩倉具視によって阻まれ、慶喜と会津藩を窮地へと追い込んでいきます。
ただ、仕方なく京都の守護職になって、危ない仕事をやってきたというのに、
孝明天皇の崩御で会津に帰ることすらできずにいる会津藩が狙われるなんて・・・・(´Д`ノ)ノセッショウナ!
そんなことを考えながら二条城を見て回ると、新しい見方ができるでしょうね。
コメントを残す